今月のサイエンス
Proc Natl Acad Sci U S A.
April 29, 2025; 122 (18) e2401387122
Yoichi Saito, Mitsuru Ishikawa, Mahito Ohkuma, Jonathan Moody, Yo Mabuchi, Tsukasa Sanosaka, Yoshinari Ando, Takayuki Yamashita, Chung Chau Hon, Jay W Shin, Wado Akamatsu, Hideyuki Okano
私たちは、血液細胞に特定の遺伝子群を導入することで、シャーレ内で神経細胞に転換させる新しい技術を開発しました。本研究は、神経分化に関わる bHLH 型の転写因子 NEUROD1と iPS 細胞の樹立で利用される 4 遺伝子(OCT3/4、SOX2、KLF4、c-MYC)を末梢血 T 細胞に導入するという部分的リプログラミングという手法を用いたものです。この結果、約 20 日という短期間でグルタミン酸作動性神経細胞の産生が可能になりました。これまで知られている直接的な神経細胞誘導法は、皮膚線維芽細胞を使用する方法が主であり、細胞採取のための皮膚の切開と縫合が必要でした。本技術は、ドナーへの侵襲性を大幅に軽減しつつ機能的な神経細胞を短期間に大量作製できることから、神経疾患などの治療法開発に対して、スループット性を高めることに貢献すると期待されます。
(再生医療リサーチセンター 斉藤陽一、岡野栄之 62回)
注目すべきは、再生医療リサーチセンターに拠点を移した岡野研究室からの報告である。本研究ではリプログラミング技術を応用し、血液由来のT細胞からわずか20日間で神経細胞を誘導することに成功した。従来、神経誘導因子を直接血液細胞に導入しても細胞は死滅し、神経への分化は困難であった。本研究の核心は、iPS細胞作製時に用いる初期化因子を併用することで、この難題を克服した点にある。岡野教授らは整形外科との共同研究で、脊髄損傷に対してiPS由来神経細胞を移植する研究を展開してきたが、細胞誘導には長い期間を要し、ストック体制に依存せざるを得なかった。今回の手法がさらに発展すれば、外傷や神経疾患の急性期においても迅速な自家移植が現実のものとなる可能性がある。しかも、本法では皮膚採取を行う必要がなく、採血のみで神経細胞の作製が可能である点は、臨床応用において極めて実用的である。本研究ではグルタミン酸作動性ニューロンが対象であったが、今後は同様の手法により多様な神経細胞の誘導が可能となることが期待される。
(整形外科 名越慈人 81回)