今月のサイエンス
Nature.
2025 APR 16.DOI: 10.1038/s41586-025-08861-y
Igarashi R, Oda M, Okada R, Yano T, Takahashi S, Pastuhov S, Matano M, Masuda N, Togasaki K, Ohta Y, Sato S, Hishiki T, Suematsu M, Itoh M, Fujii M, Sato T.
肝臓は高い再生能を有しますが、成人肝細胞の体外増殖は限定的でした。また増殖過程では胆管化生が生じ、数日で肝細胞の形質を消失するため、試験管内での機能の再現は困難でした。今回我々は、オンコスタチンMによるSTAT3の活性化が成人肝細胞の百万倍以上の増殖を誘導し、さらに胆管化生を抑制し、肝細胞のidentityを維持した状態で増殖可能であることを見出しました。「肝細胞オルガノイド(HHO)」は、ホルモン投与および絶食処理によって肝臓のzonationを含む機能的な細胞状態を再現できます。薬剤代謝や蛋白合成、糖新生、尿素産生、胆汁酸分泌などの肝細胞の多様な機能を試験管内での評価する方法を確立し、生体内に匹敵する機能を3ヶ月以上に渡り維持することを実証しました。分化型HHOは構造としても生体内に近似した毛細胆管を形成します。乳幼児肝細胞由来のHHOは肝障害モデルマウスに生着・増殖しました。試験管内疾患モデルとして、脂肪性肝疾患の治療薬の効果判定やゲノム編集によるOTC欠損症や G6PC欠損症の病態を再現できました。多彩な機能を有したHHOは創薬や疾患研究などの基礎研究のみならず、薬剤代謝毒性試験や再生医療への臨床応用が期待されます。
(医化学教室 佐藤俊朗、五十嵐 亮)
医化学教室の五十嵐先生・小田先生・佐藤先生らによる『生体肝組織に近い肝細胞オルガノイドの作製』に関する画期的な研究成果である。肝臓のオルガノイドを再生医療や創薬研究、疾患解析に応用するといった研究が盛んに行われているが、ヒトiPS細胞から作った肝臓のオルガノイドは幼若で、代謝機能が生体肝組織に比べて低いといった大きな課題がある。今回の研究は、ヒトiPS細胞を用いずに、凍結ヒト肝細胞をオルガノイドとして増やし、その後ホルモンの添加によって成熟させ、生体肝組織に近い肝細胞オルガノイドを作ってしまうという、私含めiPS細胞を扱っている研究者にとって衝撃的な内容である。移植や代謝活性のデータ、疾患モデルのデータの全てがお手本のように美しく、信濃町にこのような世界をリードする研究室があることを勝手ながら誇らしく思う。近い将来、この技術を用いて新たな治療法が誕生することを期待せずにはいられない。
(藤田医科大学東京先端医療研究センター 遠山周吾)