今月のサイエンス

加齢にともなう認知機能低下を科学する― 大規模な百寿者研究の全ゲノム解析でわかった分子メカニズム ― Distinct patterns of cognitive traits in extreme old age and Alzheimer's disease
2025.06.02

Alzheimers Dement. 

2025 Apr;21(4):e70155. doi: 10.1002/alz.70155.

Yoshinori Nishimoto, Takashi Sasaki, Yukiko Abe, Norikazu Hara, Akinori Miyashita, Mika Konishi, Yoko Eguchi, Daisuke Ito, Nobuyoshi Hirose, Masaru Mimura, Japanese Alzheimer's Disease Neuroimaging Initiative, Takeshi Ikeuchi, Hideyuki Okano, Yasumichi Arai


左から佐々木貴史 (共著者)、西本祥仁 (筆頭著者)、新井康通 (責任著者)


当塾の西本祥仁 (内科学(神経)学部内講師)、新井康通 (百寿総合研究センター教授)、岡野栄之 (再生医療リサーチセンター教授)らの研究チームは、1,017名の100歳以上の方(百寿者)の中で、認知機能の詳細な評価と全ゲノムの遺伝子解析に協力して下さった638名(うち24名は110歳以上)を対象として、391名のアルツハイマー病(AD)患者と認知機能の特性を比較しました。その結果、AD患者が苦手とするMMSE(ミニメンタルステート検査)での「口頭での3段階指示の遂行機能」が、百寿者では保たれていることを発見しました。さらに、ゲノムワイド関連解析により、この百寿者の認知機能の特性には、シナプスの維持に重要なPTPRT遺伝子が関わっていることを明らかにしました。

長寿大国の日本には9万5千人を超える百寿者がおられ、健康長寿のヒントを我々に示しています。今回の研究成果は、認知症の臨床現場で加齢にともなう認知機能低下とADを見分ける新たな手法として活用される可能性があります。また加齢にともなう認知機能低下の分子機序の解明を通じて、超高齢社会の「健康寿命の延伸」に寄与することが期待されます。

(百寿総合研究センター 新井康通)



ズバッと一言独善解説

今回の研究は、多数の百寿者(百歳以上の方)を対象とした、世界的にも貴重な研究だ。結果も示唆に富む。百寿者ではアルツハイマー病患者と比較して「3段階の指示を聞いてその通りに実行する」能力が保たれていた。確かに、このような能力は日常生活で重要だ。それらを保つことは、健康寿命の延伸に寄与すると思われる。
健康寿命の延伸、さらには、社会参加寿命の延伸は、国家的にも重要な目標である。これらの目標を達成する上で、百寿者から学ぶところは多いはずだ。とはいえ、個々人の周囲には、直接の教えを乞える百寿者は稀にしかいない。今回の研究は、個々人に代わり、多数の百寿者からの学びを我々に届けてくれた。波瀾万丈を乗り越え、百寿に達した人生の大先達から、次の時代を生きる全ての人々へのメッセージが、今回の研究に込められている。

((東京慈恵会医科大学 解剖学 久保健一郎))

×