会長挨拶

 『慶應義塾大学医学部三四会』は、1920年1月に発足しました。三田の山上に医学科予科が設立された1917年4月から、2年10ヶ月後でした。初代会長に北里柴三郎博士を迎え、2020年には発足百年を迎えた歴史ある同窓会であります。

 三四会では設立百年を記して、『歴史を残す』と題して三四会百年事業を計画してきました。しかし、COVID-19の感染拡大により、残念ながら式典・祝賀会を中止とせざるを得ませんでしたが、三四会百年史の作成、医学部新聞等を保存する事業は予定通りに進めてきました。三四会百年史は、既に三四会ホームページの会員専用ページに掲載しております。また、COVID-19による困窮学生への支援や、北里柴三郎に因んで名付けられたCOVID-19の研究チーム“慶應ドンネルプロジェクト”への補助などを行ってきました。COVID-19の感染拡大によるパンデミックは、北里先生が1894年にペストの流行に立ち向かったことを思い起こさずにはいられません。

 慶應義塾大学医学科の設立は1917年です。しかし、臨床各科の教授が赴任して、信濃町に慶應病院が開院して、医学校としての体を成してきたのは1920年からであります。北里柴三郎・北島多一の尽力により、多くの優秀な人材が臨床診療科教授として開院に向けて集まってきました。一方で、異なった背景を持つ人々の集まりが、新しい一つの組織となるにはまとまりが必須の条件でもありました。
 北島は病院設計に際して、『各教室に於ては教授、助教授、助手等が互いになかよく一致して平和なる一教室を作る様に、なるべく孤立的にならぬ様にすること。共同研究室を作り、互いに助け合う様にし、基礎科の教授、助教授にも来て指導して貰う様にすること』と、注意を払っています。また、北里の開校・開院式での言葉「基礎医学と臨床医学との懸隔を努めて接近せしめる方針である。学部は恰も一家族の如く、教授も講師も助手も一致協力して」は、周知の所です。牢乎たる医学部・病院の設立には、社中の一致協力が必須の条件でありました。

 三四会は医学部の同窓会です。一般的に同窓会は、色々な職業に就いている同窓生の集まりで、懇親の場であります。しかし、医学部の卒業生は皆医者であって、会員は医師・歯科医師です。どこかの医療機関に属し、どこかの医師会・歯科医師会に属し、どこかの教室に属し、医師・歯科医師として日本の医療、社会に貢献しているわけです。この事は他学部の同窓会との大きな違いで、三四会は医師の生涯教育の場でもあり、患者の紹介や治療内容の指導などだけでなく、医学部の学生教育にも貢献してきました。
 一方で、三四会員の活躍は、医学部教育の成果とも言えます。卒業生の活躍が大学評価項目として挙げられるようになり、同窓会である三四会と三四会会員一人一人の活躍が、慶應義塾大学医学部のactivityとして重要な意味を持っております。慶應義塾大学医学部と三四会は強く結びついており、表裏一体の関係にあると言えます。

 慶應義塾大学医学部は百年を経て、基礎医学と臨床医学、診療科間などの横への繋がりが北里の訓えとして、先輩から後輩へ、医学部から同窓会へと年代を超えての縦の繋がりをもって受け継がれて、今日に至っています。この二つが縦糸と横糸として、今日の『慶應醫学』を編み出してきました。
 現在9000名を超す会員を擁している三四会の強みは、親密な会員間の縦と横の連携による組織力の強さと言えます。それは、福沢精神と北里博士の訓えの元に、学生時代に培われた『慶應醫学』としての愛校心がその根底にあって集結してきたことによると考えます。
 今後、一層強固な三四会とするために、会員の皆様のご協力をお願い申し上げます。

令和2年8月

三四会会長
武田純三

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